この小説の主人公はオタクだ
「はぁ、異世界転移してぇ〜」
「はぁ〜何言ってんのあんた」
「だってよ〜、見てみろよこのキャラ可愛いだろ?
俺もこんなキャラと話したり遊んだり⋯⋯キャッキャウフフな事がしたい!」
「うわぁ⋯⋯」
真顔で言う主人公にゴミを見るような目を向ける
だが内心チャンスだと思った
敵が多い中私の特技で私が唯一他の子よりも勝っているもの⋯⋯
「まっお前にはこの良さがわからないだろうけどなっ」
拗ねた様子で返す主人公に、私は観せる
「なら、私にその良さを教えて」
「はぁ?お前の家こういうの禁止だろ?」
「そうだよ、だからあんたのを私に貸して見ればいい」
私が初めてしたコスプレはこの時主人公に教えて貰った小説の主人公の推しキャラ
再現度が低く似てないと言われたが、可愛かったぞと一言言われた
その何気ない一言のために私はまたイベントを開催する
毎回身体を覆う衣装を作り、細部までこだわるため結構かかる
今回はどうだろうか⋯⋯
鏡に移るコスプレをした自分を観察する
「やっぱ胸⋯⋯欲しいな⋯⋯。あいつの推しキャラみんな胸が大きすぎるんだよぉ〜」
胸を触り嘆く
私は明日のイベントの為、衣装をクローゼットにしまわず学校へと出発した
帰ってきた時、リビングの机の上に明日着る衣装が置いてあった。
尋ねる私に叱責する父
聞こえるのは、ブチブチブチと意図が引きちぎれる音だけ
衣装の布切れや糸くずが落ちる度、衣装に込めた思いがこぼれ蘇った
全ては明日、自分の好きな人に一言可愛いと言われるための──
イベント開催日
私はどんな顔で会えばいいのか分からなかった
主人公はコスプレした私ではなく、推しキャラを観に来るのだから⋯⋯
扉を開けた先で待っていた主人公
どうする、何か言わなきゃ
「じゃじゃん今日のコスプレは~、わ・た・し。だよ」
「……何があった」
心臓をつかまれたような感じがした。
この関係も、もう今日で終わりなんだ。
仕方ない。
私は顔の筋肉に頑張ってもらい、笑顔を作る。
「親にバレて、没収されちった。」
主人公は下を向きポリポリと面倒くさそうに頭をかく
「あ?何言ってんだよ⋯⋯お前」
「え?」
「今月もまた、俺の推しキャラのコスプレしてくれてんだろ。今日のは今までで1番いい出来栄えじゃねぇか?」
えっ⋯⋯?
イマナンテイッタノ?
糸の切れ音の消えた私に主人公は続ける
「ただ⋯⋯俺の推しキャラはそんな顔しねぇはずだけどな」
さっきの言葉は忘れろと言いたげに、りんごのような真っ赤な顔であいつは言った
この小説の主人公はオタクだ
私には興味がないと思えるほど2次元の女の子が好きだ。
「ねぇ、あの時の言葉もっかい言ってよ」
おちょくる私に、あいつはじっと私を見て——
「俺の推しキャラは世界で1番可愛い」
不意打ちだった。
「はは、いつもふざけるくせに……あなたって人は、ずるいね」
思わず目をそらしてしまう。
あれから数年経った今でも歯が浮くような臭いセリフを言うほど夫はオタクだ。
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