色褪せたアスファルト

知のピース×執筆

「やめます」

その一言は、重く、苦しい決断だった。

こんなことを言わなければならないなんて、昨年の俺は思いもしなかっただろう。

色褪せたアスファルトを踏みしめながら、俺は帰路についた。
2020年、初夏のことだった。


2019年——令和が始まり、新しい時代の幕が開けた年。

みんなが未来に希望を抱き、それぞれの道を歩み始めた。
そして、俺が成人した年でもあった。

成人式に参加するため、俺は2年間暮らした下宿先をあとにし、実家へ帰省した。
電車に揺られ、飛行機に乗り、たどり着いた先で懐かしい友人たちと再会する。

久しぶりの再会に、酒を片手に語り合った。
大学の勉強、バイトの愚痴、将来の夢——埋まらないと思っていた2年の空白を、俺たちは少しずつ埋めていった。

飲んで、聞いて、笑って、話して。

俺たちは、確かに前へ進んでいた。


2020年、真冬。

期末テストという地獄を乗り越え、ついに待ちに待った春休みがやってきた。
……はずだった。

だが、俺たちのもとにやってきたのは、春休みだけではなかった。

新型コロナウイルス。

最初の不運は、楽しみにしていた旅行計画が崩れ去ったこと。
ニュースでは遠い他県での感染拡大を報じていたが、やがてそれは俺たちの生活にも影響を及ぼし始めた。

「今年は諦めて、来年行こう」

そう約束して、俺たちは各々の下宿先で自粛生活を始めた。
しかし、俺には完全な「自粛」はできなかった。

奨学金だけでは、学費どころか生活すらままならない。
だから、バイトを続けるしかなかった。

俺のバイト先は、大型チェーンのスーパーマーケット。

パートの人たちは有給休暇を取り、シフトに入れる人間が減った。
その穴埋めとして、俺のシフトは増えていく。

バイト代は増えた。
夏休み並み、いや、それ以上に。

でも、その分ストレスも増えた。

客は減るどころか増え、レジの前には常に人がいた。
「混雑」とは言えないかもしれないが、「空く」ことはなかった。

まあ、それ自体は問題じゃない。

問題は客の質だった。

「遅い」
「バカじゃないのか?」
「これだからゆとりは……早くしろ」

汗をかきながらレジを打つ俺に、白い目を向ける客たち。
マスクと防護用のフェイスシールドで蒸し暑いのに、そんなことは関係ないらしい。

店長も同じだった。

「学生は暇でいいな」
「何も考えなくていいだろ」

そんな言葉を、皮肉交じりに浴びせられながら働き続ける日々。


4月初め、大学はオンライン授業を開始した。

「授業を受けるだけで、お金がもらえるらしい」

そんな話も聞いたが、実際には何の救いにもならなかった。

オンライン授業には、先生ごとの”当たり外れ”があった。

ノートを取る時間も与えられず、事後学習のほとんどをノート作成に費やす。
課題の提出期限は短く、時間内に終えられない学生も多かった。

確かにオンラインは復習には向いていた。
だが、リアルタイムでの授業には適していない。


2つ目の不運——「認識」と「現実」のすれ違い。

「オンライン授業なんだから、暇でしょ?」
「時間あるよね?」

バイト先では、そんな言葉を投げかけられる。
しかし、通勤中には「不要不急の外出は控えろ」と怒られる。

どこへ行っても、心がすり減っていくのを感じた。

確かに、オンライン授業になって”暇”になった学生もいる。
でも、それは「やらない学生」の話だ。

真面目に取り組む学生にとって、オンライン授業はただの足枷だった。
パフォーマンスは落ち、時間的余裕はなくなり、それでも学費は変わらない。


4月下旬、ふと考えた。

このままじゃ、俺は……就職できるのか?

今年の就活生でさえ、内定取り消しに遭った人がいる。
一部の人は救済措置を受けたが、来年・再来年の俺たちは?

そもそも、内定なんて取れるのか?

インターンに行って、できる限りの努力はしてきた。
でも、枠がなければ意味がない。

「もし、就職できなかったら?」

血の気が引いていくのがわかった。


バイトを失った学生への支援。
無利子の奨学金。

でも、それは一時的なものに過ぎない。

今も、俺の借金は増え続けている。

この先の見えない未来に、さらに借金を積み重ねるのか……?

冷たい液体が背中をなでる。


SNSで答えを探しても、「努力が足りない」と言われるだけだった。
友達を頼ったが、彼らはすでに決断を下していた。

親は「お金なら何とかする」と言ってくれた。

でも——

「300万の投資をして、無職」

そんな未来が、すぐそこに見えていた。


色褪せたアスファルトを踏みしめ、俺は大学の事務室へ向かった。

事務の先生は、俺の顔を見るなり、悲しげに目を伏せた。

きっと、何人もの学生がここへ来たのだろう。
3ヶ月前、夢を語り合った友人たちと同じように——

俺は、口を開いた。

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